(オープンイノベーション講座-12)
化学業界におけるオープンイノベーション


本稿では化学業界におけるオープンイノベーションの取り組みを紹介する。

化学業界の特徴 

元々オープンイノベーションはハイテク業界での事例をベースに提唱されたものであった。その後の研究によって様々な業界で同種の試みが見られることが確認されているものの、オープンイノベーションの普及度合いは業界によって異なる。

以前に3つのトレンドがオープンイノベーションを促進していると書いた(オープンイノベーションとは?):
  1. イノベーションの創出が困難になってきている
    • 製品の開発難易度の上昇
    • 競争の激化
  2. 有用な外部の知識が増加している
    • 高レベル人材の増加と分散
    • アカデミアの実学志向と特許化推進
  3.  外部の知識の探索が容易になってきている
    • ITツールの普及
    • ベンチャーキャピタルや仲介業社の増加
それらの程度の違いが各業界における取り組みの差につながっている。例えばチェスブロウは完全なクローズドイノベーションで活動を行っている業界として原子炉業界を挙げている。原子炉業界では「労働力の移動がない」・「ベンチャーキャピタルが存在しない」・「ベンチャーが少ない」・「アカデミアでの研究がほとんど行われていない」ため、外部の知識に頼ることができない。

Pokusaはオープンイノベーションを産業レベルで分析した報告において、業界ごとに異なるタイプの手法が用いられている様子を明らかにしている。化学業界について書かれたポイントは以下の通り:

  • 化学業界はR&D強度が高くプロセス優位な業界である。製品の多くは中間材であり、B2Bのビジネスが一般的である
  • B2Bタイプの化学企業におけるオープンイノベーションの取り組みを調査した文献として2014年にEidamが報告したものがある。主なポイントは以下の通り:
    • 化学業界でプロセスイノベーションの重要度が高いため、オープンイノベーションの採用が遅れている。プロセスイノベーションは特許で保護することが困難であIPのイン/アウトライセンシングを妨げる
    • 52%の企業が「新製品開発」や「新規市場開発」を目的としてオープンイノベーションを実践しており、「競争力の維持」や「R&Dコストの削減」はそれほど期待されていない
    • 多くの企業がオープンイノベーションを外部の知識を取り入れるものと見ている
    • アウトサイドイン型の手法として「専門家を集めたワークショップ」・「特許分析」・「顧客訪問チーム」が取り組まれているものの、エンドユーザーを対象とした「オープンイノベーションコンテスト」は稀である
    • インサイドアウト型の手法として「企業や大学との協業」が取り組まれている
  • 本研究で確認されたポイントは以下の通り:
    • 化学業界は「顧客/消費者との共創」を重視しており、「外部技術の精査」も関心が高い
    • IPのインライセンシング」にはそれほど興味が無く、「IPのアウトライセンシング」と「未使用技術の売却」は検討されていない
(参照)
Pokusa V (2016) Influence of Industry on the Implementation of Open Innovation Practices, master’s thesis, Lappeenranta University of Technology, Finland

一般にR&Dに強みを持つ企業の場合、外部の知識に対して拒否反応を示す場合がある(NIH症候群)。一方で外部の知識を理解して獲得する吸収力が高いことにもなるため、化学企業のアウトサイドイン型のオープンイノベーション活動に対するポテンシャルは高い。

昨今の化学業界においてマーケティングの重要性が見直されている。従来の化学企業の多くはテクノロジー・プッシュ型の製品開発を行っており、マーケティング活動は軽視されてきた。しかしながら顧客であるB2C企業が製品ラインナップを多様化させる中で、化学企業も新しく開発した技術・製品の用途を効果的に開発することが求められている。

そのためマーケットに近い位置にいる外部パートナーと組むインサイドアウト型のオープンイノベーション活動の需要が増えている。

化学企業のオープンイノベーション活動 

海外の大手化学メーカーによるオープンイノベーションの取り組み例を以下にまとめた。2010年ごろから取り組みが活発になっており、先行する製薬業界と比べると10年以上遅れている。
オープンイノベーション活動は大企業が取り組むものと思われがちであるが、中規模化学メーカーの取り組みに関するニュースも見られる。以下に比較的新しいものを紹介する:

Kolon Industries
  • 韓国の繊維会社従業員:3,800売上高:4KRW
  • アメリカのGeorgia Institute of TechnologyKolon Center for Lifestyle Innovation KCLI)を開設した
  • 5年間で3.5百万USを共同投資Kolon Industriesの現在の事業領域である車両・次世代ディスプレイ・化学材料や、新規事業であるIoTやウェアラブルデバイスなどのテーマに取り組む
(参照)

Perstorp
  • スウェーデンのスペシャリティケミカル企業従業員:1,500売上高:11十億SEK
  • 熱可塑性材料であるカプロラクトン「Capa」の40周年を記念して、用途開拓を目的としたオープンイノベーションコンテストを行った
  • 最終的にケニアの学生によって提案された柔軟性のある家具のアイデアに40,000SEKの賞金が与えられた
(参照)

Croda
  • イギリスのスペシャリティケミカル企業従業員:4,200売上高:264百万GBP
  • ホームページにオープンイノベーションのページがある
  • Crodaの事業領域に含まれる技術が対象で、オープンイノベーション担当者のメールアドレスが記載されている
(参照)

Sioen
  • ベルギーの繊維会社従業員:1,500売上高:85百万EUR
  • ホームページにオープンイノベーションのページがある
  • 詳細は確認できないものの、大学・シンクタンクとの協業や標準化に取り組んでいると書かれている
(参照)

オープンイノベーションへの取り組みは化学業界全体としてみると大企業が先行している。例えば3M・AkzoNobel・DSM・Evonikは積極的に企業戦略の中にオープンイノベーションを取り入れている。多くの企業は試行錯誤の段階にあるが、今後はさらに積極的に取り組むようになると予想している。

以前紹介したEU500社超の大企業・中小企業・ベンチャー企業を対象とした調査報告において、オープンイノベーション活動に必要なスキルや能力が企業のサイズに依らないことが明らかにされたオープンイノベーションの現状 Podmetinaらによる調査報告-2016)。そのため競合他社に規模で劣る企業こそ、積極的にオープンイノベーションを活用した方が良い。

オープンイノベーション活動に関する情報収集

自社でオープンイノベーション活動を進める際に、並行して情報収集を行うことが大切である。他社の成功例や失敗例を知ることで、取り組みの方向性を決めたり陥りがちなミスを避けられたりできる。

学術文献を含め様々な情報がインターネット上から得られるが、カンフェレンスなどに出席することも役に立つ。経験者の生の声に触れられるし、オープンイノベーションに取り組む他社の人と交流する機会にもなる。以下に例を挙げる:

The Chemical Innovation ExchangeCIEX
  • 化学業界のイノベーション事例の共有を目的として定期的に開催されている
  • 次回は2017/9/19-20にフランクフルトで開かれる予定である
  • 2016年の主な発表者としてEvonik IndustriesDSMAkzoNobelBASFClariantDuPont3MDow Chemicalの名前がある
(参照)

Open Innovation Summit Boston
  • アメリカの産業界でR&Dに携わる人々が集まり、課題やベストプラクティスについて話し合う場である
  • 2016/9/21-22にボストンで開かれた
  • 化学業界からの講演者としてBASFの名前がある
(参照)

Open Innovation Summit London
  • 上記のEU版である
  • 2017/4/27-28にロンドンで開かれる
  • 出席者にDSMの名前がある
(参照)

化学業界とオープンイノベーション仲介業者 

オープンイノベーション仲介業者は様々な業種・技術分野を対象とする分野横断型と、特定領域を専門とする分野特化型の企業に分けられる(オープンイノベーション仲介業者)。

前者の中でInnoCentiveEli Lillyからスピオンオフして設立された経緯もあり、化学分野の課題に強い。そのネットワークの特性から、有機化合物の合成ルート探索などアカデミアの研究者が個人のアイデアで解決できる課題と相性が良い。

20165月にInnoCentiveはイギリスの王立化学会とパートナーシップを締結することを発表した。ポイントは以下の通り:
  • Royal Society of Chemistry Open Innovation Pavilionというサイトを作り、王立化学会の会員向けに適した技術募集をまとめている
  • 2017/02/13時点で23募集が確認できる
  • 募集主の企業名が出ているところではAstraZenecaBoehringer Ingelheimの名前が見られ、どちらかというとライフサイエンスを対象とした募集が多い
  • 以下のような化学分野の募集ではactive solversとして130250人が参加している
    • Ultra-fast Moisture Absorbing/Desorbing Materials
    • Preventing Migration of a Small Molecule Through a Film
    • How to Prevent Hydrophobic Anionic Adhesives (“stickies”) from Forming Lumps? Enel Challenge: Replacing a Coagulant for Water Treatment
    • SUEZ Challenge: Seeking Processes for Profitable Recovery of Sulfates from Wastewater
    • Bonding of Polymeric Materials without Adhesives
    • Ultra-fast Moisture Absorbing/Desorbing Materials
(参照)

InnoCentiveのようなオープンイノベーション仲介業者がアカデミアの研究者から提案を集める際に、企業としての信頼性が重要となってくる。今回のように研究者が所属する組織(王立化学会)が信頼性を担保することで、より多くの提案を引き出せる。また王立化学会にとっても会員の産業界への貢献につながる可能性があるため、まさに両者にとってwin-winの関係である。

化学業界に特化したオープンイノベーション仲介業者としてSpecialChemがある:
  • 保有しているネットワークの登録者は500,000名である。いずれも化学分野(Plastics & elastomers, Coatings & inks, Adhesive & sealants, Cosmetics ingredients, Polymers additives, Bio-based Chemicals & Materials)に属している
  • Commercial Accelerationサービスは新製品開発におけるマーケティング支援であり、新製品の対象となる潜在顧客をネットワーク内で特定し、その後に5段階(Exposure, Education, Leads, Opportunities, Evaluation)からなるデジタルマーケティングを適用する
  • 化学品のユーザーに有用な情報を提供することでネットワークに囲い込み、それを活かした各種サービスを化学メーカーに販売している
上記の6分野を対象としたオープンイノベーション活動を行いたい場合に適した仲介業者である。技術力は高いが市場開発が苦手な企業にとって、インサイドアウト型のオープンイノベーションに取り組めるデジタルマーケティングサービスは魅力的である。

おわりに 

化学業界はICT・製薬・消費財業界などと比べて、オープンイノベーションへの取り組みが遅れている。これは化学業界が扱う製品間の競争が比較的穏やかであることが理由ではないだろうか。化学品は製品当たりの市場が小さく多品種である。そのため新規参入が少なく安定した事業活動を行える。

顧客であるB2C企業が製品ラインナップを多様化させる動きに対応したり、化学企業自身がB2Cに進出したりする流れがある中で、化学業界でも積極的に外部と連携するオープンイノベーションがより一層求められるようになるだろう。

業績が安定し危機感がそれほど強く無い中で、オープンイノベーションのような大きな変革を起こすことは難しい。一方で投入できるリソースや時間的な余裕があることにもなるため、焦らず着実に取り組みたいところである

Tom

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