(オープンイノベーション講座-22)
コーポレートベンチャーキャピタル

本稿ではオープンイノベーションの手法の1つであるコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)について紹介する。以前の記事を元に加筆・修正した内容となっている(Solvayによるオープンイノベーション - Solvay Ventures「コーポレートベンチャーキャピタル」)。

CVCとは?

CVCは事業会社がベンチャー企業への投資活動を行うことを目的として設立する組織である。従来の独立系ベンチャーキャピタル(VC)の戦略目標が財務的リターンの追求にあるのに対して、CVCの場合は事業会社の戦略的リターンと財務的リターンのバランスを取りながら投資を行う。

今日では大規模なR&D活動を行っている大企業よりも、小回りが利いて素早いベンチャー企業が効率的にイノベーションを生み出している。大企業がCVCを通してベンチャー企業に投資すると、コストの掛からない社外のR&D部門を持つことになり、生産性の向上につながる。

CVCの運営は難しく、著名な大企業でさえも数多くの失敗例を生み出してきた。アンドリューはその著作の中で、CVCの現状について紹介している:
  • 過去の統計ではCVCプロジェクトの平均寿命は2年半であり、現在でも5年程度しかない
  • 毎週新しいCVCが設立されるものの、その多くが経済の減速・組織改編・CEOの交代で中断されている
(参照)
アンドリュー・ロマンス (2017) CVC コーポレートベンチャーキャピタル, ダイヤモンド社, 東京

またCVCを成功させるためのポイントもまとめられている:

  • 優先順位を伴った目標のリストを作り、トップの承認を得ておく
  • 自社の資産の中からベンチャー企業の価値向上に利用できるものを整理しておく
  • 短くとも3~5年の期間で、2,500万~1億USDの予算を確保しておく
  • R&Dなどの社内の1部門に統合せず、できる限り多くの部門を関わらせる
  • 定期的に各部門とCVCの意見交換をする機会を設ける
  • ベテランのベンチャーキャピタリストと社内で根回しできる自社従業員でチームを構成する
  • 人材を定着させるため、本体の事業会社と異なる報酬体系(理想はVCに近い水準)を設計する
  • 事業会社がCVC活動を行う際は以下の順序で活動すると良い:
    1. 他のVCファンドに投資する(ファンドオブファンズ)
    2. 戦略的かつ財務的に優れた投資を実行し、筋の良い案件が回ってくるようなブランドが築かれるまで待つ
    3. 個々のベンチャー企業へ直接投資を行う
  • 企業家やVCから注目を集めるため、年間の投資回数を増やす
  • 意思決定を早くするため、社内の法務部を使わず社外のベンチャーファイナンス案件を頻繁に扱っている法律事務所を活用する
  • 経済的・戦略的リターンのバランスを取る
  • 自社が付加価値を与えられない企業には出資しない
  • VCの業務について理解を深めるため、出資するVCに1年単位で自社の役員を出向させてもらう
  • 出資するベンチャー企業はシードステージとレイターステージのバランスを取る
  • 一定の分野に縛られてはいけない
  • 事業会社から独立性を保ち、スピード感を持って意思決定ができる体制を整える 
CVCは運営・投資コストが掛かるが、新しい市場や技術に関する情報を集められる利点がある。またM&Aと比較してマイノリティ出資が行えるため、投資効率が高い。

オープンイノベーション活動において、CVCはベンチャー企業を協業パートナーとして新規事業に取り組む際に役に立つ。そのためアカデミアとの共同研究や外部企業からの技術導入を目指す他の手法とは相補的な関係にある。

日本国内における事例

米国においては業種を問わず様々な企業がCVCを活用しており、Intel CapitalやGoogle Venturesが成功事例として知られている。近年では日本でもCVCの設立が続いているが、大きな成果を出した事例は聞かれない。倉林は日本国内におけるCVCの歴史的な経緯をまとめている。

そのポイントは以下の通り:
  • 1990年代前半から2000年に掛けて、新規事業の育成・ノンコア事業のスピンアウトを目的としたCVCが登場した
  • 2003年にChesbroughによって提唱されたオープンイノベーションのコンセプトが広まるにつれて、IT分野の外部技術や情報の取り込みを主眼としたCVCが設立された
  • その後のITバブルの崩壊やリーマンショックなどの市況の低迷・上場済ベンチャー企業の度重なる不祥事・親会社の本業の業績悪化により、多くのCVCが結果を出せずに活動を縮小していった
  • 2010年以降のベンチャー企業・VC市場の広がりを受け、近年では再度CVCの設立が活発化している
  • 今回のトレンドの特徴は以下の通り:
    • コンシューマーインターネット分野における新規サービス・メディア・ビジネスモデルの獲得を目的に大手通信キャリアやTV局が参入してきた
    • 上場済みのソーシャルゲーム事業者がCVCを活用して次世代サービスの種の発掘を急いでいる
    • Salesforce VenturesやIntel Capitalなどの外資系IT企業が日本のベンチャー企業への投資を進めている
(参照)
倉林陽 (2016) コーポレートベンチャーキャピタルの組織とパフォーマンスに関する研究, 博士論文, 同志社大学

青木は2017年に行われた日本国内でコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)に取り組む企業関係者を対象としたアンケート調査の結果を発表している。

そのポイントは以下の通り:
  • 本調査では日本国内でCVCの実務に関与する57人を対象とした
  • CVCが大企業だけでなく、売上高100億円未満の中堅企業にまで広がっている
  • 回答者の80%がCVCファンドの設立から3年以内である
  • 投資対象となるベンチャー企業はアーリーステージが54%・シードステージの37%であり、以前と比べて投資ステージが早まっている
  • 設立直後に比べて3年後にはファンド運用の難しさを実感するようになっている
  • 運営機関が3年以上の回答者は投資実務の課題が緩和されている
  • 運営機関が3年以上の回答者でも「担当者の熱意に押し切られ、ほぼ全案件が投資委員会を通過してしまう」割合に変化はない
  • 海外のCVCでは戦略的リターンで期待するものを、協業による売上高の増加ではなく、最終的に買収して自社の事業として大きく成長させるところに求めることが多い
  • PwCが考える5つの視点は以下の通り:
    • 目的は明確になっているか
    • しっかりとした体制で臨めているか
    • 投資先経営者との信頼関係を構築できているか
    • 目標達成までのストーリーを描けているか
    • マーケットサイクルを意識できているか
(参照)
青木義則 (2018) CVC実態調査2017 CVCファンドを活用したベンチャー企業とのオープンイノベーション 事業シナジー創出でおさえておくべき5つの視点, PwCアドバイザリー

昨今のオープンイノベーションの普及と共に、国内でも以前と比べて外部組織との協業に慣れた企業が増えてきた。加えて政府が支援制度を整え、公的機関がベンチャー企業やVCへの投資を開始したことで、投資対象となる国内のベンチャー企業が増加している。したがって米国と比べれば発展途上ではあるものの、日本でもCVCが発展する環境が整ってきた。

化学業界における事例

昨今の化学業界においては、従来からの新規事業領域であるヘルスケア・ライフサイエンス・自動車・エネルギー・農業などに加えて、AIを含めたデジタル技術への興味が高まっている。木村らはグローバル化学・素材企業のCVCの動向を紹介している。

そのポイントは以下の通り:
  • 化学・素材系企業12社(Air Liquide・旭化成・BASF・Dow・DSM・DuPont・Eastman・Evonik・Henkel・Monsant・SABIC・Syngenta)のCVCを対象に、2012-2017年の投資動向を分析した
  • 素材・農業・ヘルスケア・エネルギーの4領域が約70%の投資割合を占めている
  • 各領域でデジタル技術の獲得が意識されている
  • 素材領域では再生可能資源関連技術と熱マネジメント関連技術への投資が増加傾向にある
  • 農業領域ではバイオ農薬・農場管理システムなどの投資が目立つ
  • ヘルスケア領域では医療機器・医薬品共にベンチャー投資が盛んに行われている
  • エネルギー領域ではバイオ燃料領域に投資が集中している
  • デジタル化が関連する新規領域では化学・素材企業が保有していない技術が必要になることが多いため、ベンチャー企業との取り組みが重要である
(参照)
木村 将之, 中西 啓 (2017) グローバルでの化学, 素材企業のデジタル領域における取り組みとベンチャー企業, 化学経済12月号, 化学工業日報社, 24-29

また日本の化学メーカーでも以下の例がある:
  • 旭硝子
    1997年にボストンのVCであるアドベントインターナショナルに投資して活動を開始した
  • 旭化成
    2001年にシリコンバレーにある三井物産のCVCに人材を派遣することを通じて情報収集を開始し、2008年には10億円のCVCを立ち上げた
  • クラレ
    2011年にDraper Nexus Venturesにファンド出資し、米国のベンチャー企業を探索している
  • 三井化学
    2016年末にロボットや自動車の自動運転といった将来の有望分野の技術開発に取り組む企業に出資する200億円規模のCVCの設立を発表した 
日本の化学メーカーはニッチ領域で高い技術力を持った企業が多く、技術を目利きする能力を持っている。そのためVC業務に必要なスキルのトレーニングやスキルを持った外部の人材と協力して活動することで、資金効率に優れたCVCを運営できる可能性がある。

おわりに

前述のアンドリューによるCVCを成功させるポイントの中で、社外の人材の登用・親会社と異なる報酬体系・高い独立性といった点は、日本の従来型の企業にとって実現が困難と思われる。また仮に実現できたとして、グループ内で同質意識が高い日本企業の場合、親会社の社員の反感を買い効果的な活動ができなくなることが懸念される。

そこで解決策の1つとして、CVCの立ち上げから軌道に乗るまでの間、社外の専門家を一時的に派遣してもらうことが有効かもしれない(国内のオープンイノベーション活動支援サービス「専門家探索」)。その間に社内人材を育てる共に具体的な成果を上げていくことで、親会社と異なる報酬体系の導入も理解されやすくなるだろう。

デジタル化による新規ビジネスモデルの創出は、非IT企業にとっても今後の競争を価値抜く上で必要不可欠な取り組みである。そのためにはベンチャーと協業することが有効で、その機会を提供するCVCは多くの企業に取り組んで欲しい手法の1つである。

Tom

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